〜石田誠からのメッセージ〜

日本の衣服の原点であるしな織りを存続、普及、発展させたくて、現代のニーズにこたえながら、その特性を生かした商品を開発することに努めている。
温海町関川に伝わるしな織は、沖縄のバショウ布、静岡のクズ布とともに日本三大古代織りに数えられる。しなの木の樹皮をはぎ、乾燥させ、煮て、洗い、糸にして、機織りとすべて手作業で二十三の工程を経て一年間がかりで布となる。木を切ること以外は女性たちによる作業であり、しな織りは女性たちが貴重な現金収入を得る道でもあった。布は素朴な色合いで、感触や通気性に優れ、織り目が美しく、軽く、耐水性や繊維が強靱であるなどの特性がある。かつては魚網、野良着、敷き布団など多様な用途があったが、化学繊維の登場や生活様式の変化とともに次第に需要が減り産業としても衰退していった。
しな織りは山里の人々の山菜採り、農業、林業を中心とする四季の生活サイクルに合った副業であり、山里の人々のポリシーには自然は神からの預かりものという考え方がある。木をすべて切ることはなく、一部は必ず残して自然と共生する生き方をしており、落葉広葉樹林で自給自足していた縄文人の暮らしに通じるものを感じる。しな織りはそれ自体が心の安らぎを覚える素材であるが、深刻な環境破壊から自然と共生する生き方を迫られている現代人にとって、単なる布としての存在にとどまらないものを持っているように思える。森の人・縄文人のDNAが現代に蘇り、人々の心身を癒すために暮らしぶりを省みるよう訴えているようでもある。
そんなしな織りと私との最初の出合いは庄内ではなくて東京であった。学生時代に駒場の日本民芸館で芹沢けい介氏(「けい」は金片に圭)が染めたしな織を見た時、それがふるさとの庄内で織られたものであることを知った驚きが重なって大きな感動を覚えた。郷里の鶴岡市大山に帰り家業の呉服店の経営を継いだ後も、しな織りのことが頭から離れなかった。 次のページに続く
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